《文化を反映する犯罪…カナダと日本の視点》
カナダ初のアジア系女性判事マリカオマツさん による講演会が11月7日、国際交流基金トロン ト日本文化センターで行われた。オマツ判事はつ い最近、3週間にわたる日本の司法制度の実情視 察を終えてカナダに帰国したばかり。会場には約 100人の聴衆が集まり、講演後も活発な質疑応答が続いた。
〈更生が目的の司法〉
日本は[恥の社会]と言われるように、[恥]の文化がポジティブに社会に作用しています。それは更生を目的とした司法と言えるでしょう。 カナダの司法は、どちらかと言うと被告が有罪か無罪か を決めるために時間を費やし、判決を下すことを目的にしています。更生を目的にした司法とは、犯罪によって与えられたダ メージを修復することを考慮します。つまり、直接の加害 者と被害者、そしてその家族の間で話し合い、和解を生もうとするのです。 日本の司法は、この更生法に近いといろいろな文書で述べられています。それは、日本では謝罪する者を許すとい う文化が背景にあるからでしょう。
〈犯罪が少ない理由〉
もう一つ興味深い点は、日本が先進国の中で、最も犯罪 率が低いということです。統計によると日本は10万人中1324人という犯罪率 です。アメリカは5820人、ドイツは7180人、イギ リスは8630人です。アメリカはドイツやイギリスより も低くなっています。また、日本は警察官の数が多い社会です。10万人中、 556人という比率で、フランスは日本の半分、アメりカはドイツやイギリスよりも低くなっています。 また、日本は警察官の数が多い社会です。10万人中 556人という比率で、フランスは日本の半分、アメリカ は384人です。 さらに日本は銃器取締法が厳しいこと、国民が高い教育 を受けていること、単一民族であることなども犯罪を少な くしている理由でしょう。 経済的な側面から見ると、日本は貧富の差が極めて僅か だというのが特徴です。これは日本以外では、北欧のごく 限られた国家にしか見られません。 もう一つ、日本が低い犯罪率を誇る理由は、死刑が執行 されている国だからだと思います。 現在57人の死刑囚が日本の拘置所(刑務所ではない) にいます。死刑判決になりうる罪は、刑法で17も決めら れています。死刑が執行されるまで、20〜30年間拘置 所の独房に拘置されます。1993年には7人の死刑が執 行されました。 死刑の判決が下りた後、長期間拘置される死刑囚が無実 を訴え続けたり、死刑反対の支援者がいたりして、実際に 執行される死刑は毎年わずかです。
〈刑務所の実態〉
ところで、日本は世界の人権擁護委員会や活動家から非 難されている点に、刑務所のシステムがあります。 それは、 1)独房で他から隔離されている。受刑者は、トイレとベ ッドがついている窓つきの個室に入れられる。 2)私語は一切禁じられていること。他の受刑者と目を合 わせてもいけない。 3)99%の受刑者は週40時間の労役義務がある。 4)刑務所内の規律が厳しく、従わないと処罰される。 という点です。 私が府中刑務所を訪れた時、とても静かなのでびっくり しました。もちろん禁煙です。私が歩いて独房の横を通る と、みんな背を向けて私と目を合わせないようにするので す。
カナダの刑務所では、受刑者たちは自由にしゃべってい ます。そして、刑務所は混み合っています。例えば、キン グストン刑務所を見学した時、日本と同じ大きさの部屋に は、2段ベッドがあり、ふたり入っていました。 カナダではスペースが不足しているので、二人部屋だと いう話をしたら、府中刑務所の関係者は、 [受刑者を二人一緒に入れたら、共謀する心配はないので すか]と驚いて聞きました。 私には思いもよらなかったのですが、日本では受刑者の 行いが良く、模範的である場合のみ、相部屋を許している そうです。 統計では1985〜95年に脱走20件(府中からはゼ ロ)、自殺62件、受刑者が起こした殺人/傷害25件、 監視人からの暴行2件が起こりました。 この数字はカナダの場合と比べて、日本の刑務所は極め て安全だと証明しています。 友人たちに日本の刑務所の状態を話したら、日本の文化 を考えると、私語を禁じられたり、目を合わせられないの は、それほどの苦痛ではないのでは、という意見でした。
〈未成年に寛容〉
次に日本の司法制度についてですが、被疑者の95%は裁判を受け、そのうち99.9%は有罪判決を下されます。 しかし有罪になっても、たった2%しか刑務所に投獄さ れません。つまり懲役の実刑になる率がとても低いのです。 現在刑務所の占有率は70%です。 また、日本は未成年(20才以下)に対して寛容です。 カナダでは18才以下をさしますが、日本では20才以下 の未成年は刑務所に拘置できません。 未成年の刑事事件は、家庭裁判所で非公開に審判されま す。判事、被疑者、被疑者の家族、事件の関係者が出廷し、 検察官は関わりません。 これこそ更生を目的とした司法であり、審判は事態をよ り良い方向に解決しようとする姿勢で行われます。 1996年東京では64%の未成年犯罪者は審判されず に釈放され、14%は審判後に釈放、10%は執行猶予処 分、0.2%が児童福祉法の措置(保護観察処分など)、 1.8%が家庭裁判所調査官の観察処分、0.6%が検察官 へ送致(16才以上の未成年に限る)されました。 このように、日本は実に未成年に対して寛容です。それ は刑務所に拘置されている受刑者の平均年齢が、40代で あることからもわかるでしょう。カナダでは平均が20〜 25才となっています。 日本では58%の受刑者が釈放後すぐに再犯の罪で刑務 所に戻っています。府中刑務所の場合、100%が再犯で す。また、2400人の受刑者のうち、3分の1はヤクザ でした。
〈女性と犯罪〉
私が興味を持ったのは、日本は女性の被害届の件数がカ ナダに比べて少ないことです。 カナダでは家庭内問題が殺人事件に至るケースのほとん どは、女性が被害者です。 日本でも家庭内暴行の被害者は女性が大多数というのが 事実で、男性85件に対して女性は541件となっていま す。しかし、殺人事件になると96人の女性被害者に対し 78人の男性被害者がいます。これは注目すべき数字だと 思いました。 いま、カナダにおける家庭内殺人事件の統計が手元にな いので、男女の比率はわかりません。 おそらく日本の方が家庭内の暴行件数は低いでしょうが、 それは被害届の数が少ないことに左右されていると思いま す。日本では[夫婦喧嘩は犬も食わない]と言われるよう に、家庭内の問題を表沙汰にしない傾向があるのです。 でも統計から、事態は明らかに見えてきます。毎年1万 8000組の夫婦が離婚し、その主な原因は夫の妻に対す る虐待だと言われています。 ―――――――――――――――――――――――ー
マリカオマツ判事略歴
1948年オンタリオ州ハミルトン生まれ。日系3世。 トロント大学社会学部、ヨーク大学法学部卒業後、弁護士 として公民権、先住民の権利に関する犯罪を取り扱う。 80ー89年日系カナダ人リドレス運動に人権擁護法の専 門家として参加。93年オンタリオ州判事に任官。著書[ ほろ苦い勝利ー戦後日系カナダ人リドレス運動史]は、カ ナダ首相出版賞(93年度)を受賞。今年カナダで開かれ る[子供の問題に関する女性判事の国際会議]に出席する 予定。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――